2015年9月7日月曜日

創造性の意味について

最近話題のトピックですが、これは芸術やクリエイティブな作業に真剣に向き合っている方なら誰しも直面する問題です。


今回のBlogでは、次の3つのことについて、考察していきたいと思います。

1.理論 v.s. 創造性
2.今までにない新たな組合せの発見は、創造的ではない
3.パクリかどうかの見分け方

この3つの観点から、創造性とオリジナリティーについて見て行きたいと思います。


1.理論 v.s. 創造性


よく議論されるのは、理論 v.s. 創造性 という対立です。

創造的な作業を行うことを目的としている中で、その対象となる物事やその関係性を学ぶことは必要不可欠ではありますが、理論などある固定された(固定されているように見える)イメージを学んでしまうと、それに捕らわれてしまい、創造性が妨げられるという主張をする人が多くいます。

つまり、

理論 → 固定観念
創造性 → 自由な発想

という、誤った解釈が横行しています。

例えば、作曲において、音楽理論を学ぶことで音楽についての知識や体系を深く学ぶことで、いい曲を作るために必要な要素を学んでいくことが、過去の多くの作曲家が行ってきたことです。しかし、そんな理論を学ばずとも、”いい曲” を作ってきて受け入れられてきた人もいます。近年は特にその傾向が強くなってきていいます。

ここで重要なのは、創造的なもの → 良いもの ではないということです。偶然発見されたものでも良いものはあります。しかしそこには何の必然性もありません。つまり、”誰が”それを作ったかは、誰がそれを”発見”したか、と同じだということです。誰がそれを作ったとしても、それが存在しさえすればよいのです。

言い換えれば、このプロセスは作り手側の問題であり、出来上がった作品を見ている人たちにとっては、どうでもいいことです。


このことから言えることは、理論も創造性も突き詰めて試行錯誤して作品を生み出していくという態度こそが、芸術家を芸術家たらしめることではないでしょうか。その行為をある目的のために省いたとしても、その思考が存在することが、結果的に他の人たちの作品との違いを生むのだと思います。


2.今までにない新たな組合せの発見は、創造的ではない


西洋で科学が発展するに連れて、人々は多くの新たなものを解明してきました。当時は、新たな事実の発見だらけであったでしょう。しかし、多くのものが発見されてくるにつれて、”新しいもの” (人類が知覚できていなかったもの)の数は減ってきます。そして、20世紀初頭当たりから、新しいものの探求よりも、既存のものの組合せの新しさを推し進めていく傾向が強くなってきました。ケーススタディなどもその一例です。このようにして場合分けが細分化されて研究されていきました。

作曲家のストラヴィンスキーは、生涯にわたり、「商品価値のつく、かつ、同時代性を有する未聴感は何か」ということを追い求めていたようです。この解を、パターン的な発見に求めるのか、創造性に求めるのかというところが、議論されているところです。

「何か新しいものを作ろうとすると、今までの何かに似てしまう」
「人間は、まったくの無から何かを創造することはできないので、新しく作るものはもうすでにあるものの組合せでしかない」

などのような意見もよく見られます。

これは一部は正しく、一部は間違っていると思われます。
たとえ見た目や結果が別のものに似通っているものであるとしても、”その2つが明確に異なるといえる何か” を感じられるかどうかの違いこそが、創造性が存在するところになるでしょう。陳腐な言葉や使い古されたセリフも、新たな意味で別の命を吹き込まれることがあることは、日常の経験からも実感できると思います。パターン的には他のものに似通りやすいSimpleなものほど、その都度再利用されてその本質的な価値を目の当たりにさせられることは多いです。

創造性はなにも、「他に似ているものがあるかどうかをチェックして、他にないものを提示するだけ」ではありません。
真に創造的なものや個性的なものは、既存のものに新たな意味を付加し提示されたものでもあります。


3.パクリかどうかの見分け方


デザインとは何なのかという議論はここではしませんが、ロゴなどのデザインでは、「イメージの抽象化」が必須であり、抽象的な形というのはある程度パターンが限られてきて、同じパターンが出やすいということはあるのではないでしょうか。

パクリかどうかは、ネットでも検証されているように重ね合わせで、他のものと重なって一致したならアウトでしょう。
一方、限りなく似ているのは、パターン的に、確率的な組合せとしての一致はあります。

問題は、その完成されたデザインをみて、「そのデザインがしっかりとイメージを抽象化できているか」、「素直に素晴らしいデザインだと思えるかどうか」ではないでしょうか。

そしてその部分は、依頼する側、選ぶ側、請け負う側の信頼関係の問題です。

その点においては、ロゴの画像検証よりも、うそ発見器にかけたほうが納得できるかもしれません。

パターン的に排出されたデザインがどうこうという話ではなく、人が手をかけてデザインすることに意味があり、それこそが創造的な人の活動ではないでしょうか。

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